最後に、Brownは要点に鋭く切り込んできた。彼は、一人の人間がどうやって自分だけでOSを書けるのかについて、聞き方を 変えて何度も質問をした。彼はただただ、それが可能だということを信じなかった。そこで私は彼にもっと歴史について教えて やらなければならなかった(溜息)。はじめに、Ken ThompsonがPDP-7用にUNICSを全部自分だけで書いた。それが後にPDP-11に 移植されCで書き直されたときに、Dennis Ritchieがチームに加わったが、C言語を設計し、コンパイラを書き、I/Oシステムとデ バイスドライバを書くことを第一としていた。Kenがカーネルのほとんどすべてを自分で書いた。
1993年、いまはなきMark Williams社という会社が、Coherentというとても優秀なUNIXクローンを作って販売していた。製品 の大部分はウォータールー大学の元学生3人によるものだった:Dave Conroy、Randall Howard、そしてJohann Georgeだ。2年が かりの仕事だった。しかし彼らはカーネルだけではなくCコンパイラ、シェル、そしてUNIXユーティリティ全部を作ったのだ。こ れはカーネルだけを作るのに比べてはるかに大変なことだ。カーネルだけなら1人年かからなかっただろう。
1983年、Ric Holtが書籍を出版した。今では絶版だが、それはTUNISシステムというUNIXライクなシステムについてのものだっ た。このシステムが一からの書き直しであることは確かだった。なぜならTUNISは、concurrent Euclidという完全に新しい言語 で書かれていたからだ。
そしてDoug ComerがXINUを書いた。 UNIXクローンではないが、それに匹敵するシステムだ。
さらに、Gary Kildallが自身でCP/Mを書き、Tim PetersonがMS-DOSを書いた。1980年代初頭に現れたこれらのシステムは、 UNIXクローンには遠く及ばなかったが、個人によって書かれた実用的で人気のあるOSである。
Linusが始める前に、5人の人々あるいは少人数からなるグループが、それぞれ独自にUNIXカーネルかそれに相当するものを実 装していた。すなわち、Thompson、Coherent、Holt、Comer、そして私だ。これらはすべて完全に合法で、誰も何かを盗んだりは していない。この歴史を前提として考えると、Linux程度の複雑さを持ったシステムを一人の人間が実装することはできないとし て訴訟を起こすのは、かなり難しい。LinuxのオリジナルサイズはMINIXのV1.0とほぼ同じだ。
Some notes on the “Who wrote Linux” Kerfuffle (Japanese) (via otsune) (via voqn)
2009-03-08
(via gkojay)
(via pcatan) (via hepton-rk) (via pocomoco) (via darylfranz)